こんにちは。風読珈琲店のカエデです。
先日、バロック美術やロココ美術についての記事を書いていて、改めて西洋美術史の入門書を読み直したくなり、手に取ったのが高階秀爾『バロックの光と闇』(講談社学術文庫)です。日本の西洋美術史研究の第一人者による一冊で、「バロックとは何か」という素朴な疑問から出発して、古典主義・マニエリスム・ロココ・新古典派まで、時代と分野を縦横無尽に駆けめぐる内容になっています。
美術史の専門書というと難しそうに感じるかもしれませんが、文庫サイズで図版も豊富、章ごとに読み切れる構成なので、休日のカフェタイムのお供にもぴったりでした。展覧会に足を運ぶたびに「バロックってなんとなく豪華で劇的、くらいの理解しかしていないな」と感じていた自分にとって、この本はまさに求めていた一冊でした。今回はこの本の概要と読みどころ、そして個人的な感想をまとめてご紹介します。
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本書の概要と著者について

著者の高階秀爾(たかしな しゅうじ、1932年〜)は、東京大学名誉教授、パリ第一大学名誉博士、日本藝術院会員を務めた、日本を代表する美術史家・美術批評家です。専門は西洋美術史ですが、日本美術と西洋美術を比較する視点からの著作も多く、一般読者向けの解説書でも定評があります。テレビの美術番組で解説を務める姿を目にしたことがある方も多いのではないでしょうか。難解になりがちな美術理論を、平易な言葉で、しかも学術的な裏付けをきちんと示しながら語れる書き手として、長年多くの読者に支持されてきました。
本書は、もともと単行本として刊行されていたものに図版を加えて文庫化した「決定版」で、序章「バロックと現代」を皮切りに、全15章にわたってバロック美術という様式を多角的に読み解いていきます。特定の画家の伝記や特定の美術館の名品紹介にとどまらず、「バロックとは何か」という概念そのものを、時代背景・宗教・宮廷文化・都市・文学・音楽まで含めて立体的に描き出そうとする、骨太な一冊です。
序章「バロックと現代」がまず面白いのは、「バロック」という言葉が、もとは「歪んだ真珠」を意味するポルトガル語に由来し、長らく「粗野で装飾過剰な、劣った様式」というネガティブな意味合いで使われてきた、という歴史から説き起こしている点です。19世紀以降の再評価を経て、今では美術史上の重要な一様式として確立されているバロックですが、その呼び名自体に込められた当初の否定的なニュアンスを知っておくと、後の章の読み方も一段と深まります。
- 著者:高階秀爾(美術史家、東京大学名誉教授)
- 刊行:講談社学術文庫
- 構成:序章+全15章、図版多数
目次に見る構成——バロックからロココ、新古典派まで

本書の目次を眺めるだけでも、著者がどれだけ幅広い視点でバロックという時代をとらえようとしているかが伝わってきます。第1章「歪んだ真珠——バロックとは何か」で語源と概念を整理したあと、第3章「不安の幻想と綺想の魅惑——マニエリスム」でバロック前夜の様式に触れ、第4章「大衆教化のイメージ戦略——対抗宗教改革」でバロック誕生の宗教的背景を掘り下げ、第6章「強烈な演出効果——光と闇」でカラヴァッジョ的な明暗表現を、第14章「生きる歓びの表現——ロココの美術」でバロック後の展開までを扱う構成です。
単に画家や作品を時系列で並べるのではなく、「静謐な形態感覚(古典主義)」「大衆教化のイメージ戦略(対抗宗教改革)」「拡大する空間意識(都市と建築)」「夢の祝祭世界(文学・音楽・演劇)」というように、テーマごとに章を立てているのが本書の大きな特徴です。絵画だけでなく、建築・彫刻・文学・音楽までを射程に入れることで、「バロック」がひとつの美術様式である以上に、17世紀という時代そのものの精神を表す言葉であることが浮かび上がってきます。
特に第10章「貴族となった芸術家——宮廷絵画」と第11章「新しいパトロンたち——市民絵画」を続けて読むと、同じバロック期でも、絶対王政のフランスやカトリック国のような宮廷主導の美術と、プロテスタント国オランダのような市民主導の美術とでは、パトロンのあり方から作品の主題まで大きく異なっていたことがよくわかります。派手な宮廷絵画と、肖像画・風俗画といった市民絵画の両方を視野に入れているからこそ、バロックという時代の「幅」の広さが実感できる構成になっています。
読みどころ——「光と闇」の章とロココへの接続
個人的に特に面白く読んだのが、第6章「強烈な演出効果——光と闇」です。カラヴァッジョが確立した明暗法(キアロスクーロ)が、単なる技法の流行にとどまらず、対抗宗教改革下のカトリック教会が信仰心を取り戻すための「演出装置」として機能していた、という視点が丁寧に解説されています。光と闇のコントラストが単なる画面効果ではなく、見る者を宗教的な陶酔へと引き込むための計算された仕掛けだったのだと知ると、教会の薄暗い礼拝堂で一筋の光に照らされた祭壇画を見上げる体験そのものが、当時の人々にとってひとつの「演出」だったことが実感できます。バロック美術の背景や代表的な画家については、当ブログでも別記事にまとめているので、あわせて読むとより理解が深まるはずです。

もうひとつの読みどころが、第14章「生きる歓びの表現——ロココの美術」です。バロックの豪華絢爛な装飾が、なぜ18世紀のフランス宮廷でより軽やかで優美な「ロココ」様式へと変化していったのか、その必然性が本書の文脈の中で腑に落ちる形で説明されています。太陽王ルイ14世という強烈な権威の象徴が姿を消したあと、貴族たちの美意識が公的な威圧から私的な悦楽へと軸足を移していく過程を、本書は単なる様式の変化としてではなく、社会そのものの変化として描き出しています。ロココ美術についても以前まとめているので、こちらもぜひ。

感想——「様式」を通して時代を読む面白さ

これまで美術展のたびに「カラヴァッジョはこう」「ベルニーニはこう」と個別の画家・彫刻家の知識をつまみ食いしてきた自分にとって、本書は「バロックという様式全体が、なぜこの形で17世紀ヨーロッパに広がったのか」という、より大きな見取り図を与えてくれる一冊でした。個々の作品の解説にとどまらず、宗教・政治・都市・文学といった周辺領域まで含めて語られることで、美術史というものが単なる「絵の見方講座」ではなく、時代そのものを読み解くための手がかりであることを実感させられます。
特に印象に残ったのは、第3章「不安の幻想と綺想の魅惑——マニエリスム」の部分です。バロックというと、つい「劇的で豪華絢爛」というイメージだけで語ってしまいがちですが、その直前に、ルネサンスの調和が崩れ、あえて不安定で誇張された構図を追求する「マニエリスム」という過渡期の様式があったことを踏まえると、バロックの劇性が単なる思いつきではなく、時代の必然として生まれてきたことがよくわかります。様式は前の時代への反動として生まれる、という美術史の基本的な見方を、具体的な作品とともに体感できる章でした。
文章はやや硬めで、美術史の予備知識がまったくない状態で読むと少し骨が折れる箇所もあるかもしれません。とはいえ、章ごとにテーマが独立しているので、気になる章から拾い読みするだけでも十分に楽しめる構成です。美術展に行く前の予習、あるいは行った後の復習として、手元に置いておきたい一冊だと感じました。
関連書籍
高階秀爾の著作の中でも定番の入門書として知られるのが『名画を見る眼』です。ファン・アイクからマネまで、15人の画家の代表作を1点ずつ丁寧に読み解く構成で、『バロックの光と闇』が「様式」という大きな枠組みから美術史を眺める本だとすれば、こちらは「作品」の細部から美術史に入っていく本。あわせて読むと、より立体的に西洋美術史の流れがつかめます。
まとめ
- 『バロックの光と闇』は、美術史家・高階秀爾による、バロック美術を多角的に読み解く一冊
- 絵画だけでなく建築・文学・音楽まで含め、「様式」としてのバロックを立体的に解説している
- 第6章「光と闇」、第14章「ロココの美術」は当ブログの解説記事とあわせて読むと理解が深まる
- 章ごとに独立した構成で、拾い読みしても楽しめる、美術展の予習・復習にも向いた一冊
美術展で「バロックって結局なんだったんだろう?」と感じたことがある方には、ぜひ手に取ってみてほしい一冊です。作品ひとつひとつの背景にある、時代の空気感まで見えてくるはずです。次に美術館でカラヴァッジョやベルニーニの作品と向き合うときは、きっとこれまでとは違う景色が見えてくると思います。
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