こんにちは。風読珈琲店のカエデです。これまでヴェルスパ大分、ジェイリースFC、ヴィアティン三重とJFLクラブを紹介してきましたが、今回は千葉県のクラブ「VONDS市原」を取り上げます。

このクラブを知ったきっかけは、2025年11月に行われたJFL・地域入れ替え戦のニュースでした。相手クラブには、あの三浦知良選手(カズ)が所属していたことでも話題になった一戦です。調べてみると、VONDS市原は「3年連続で涙をのんだ末に、ついに悲願を果たした」クラブだと分かりました。
この記事では、VONDS市原がどんなクラブなのか、半世紀を超える前身の歴史から、3年越しで実現したJFL初昇格までの道のりを、JFLを追いかけ始めたばかりの一ファンの目線でまとめます。
ここまで紹介してきたヴェルスパ大分、ジェイリースFC、ヴィアティン三重は、いずれもJFLの中で戦っているクラブでした。VONDS市原はその一歩手前、地域リーグからJFLへの扉をこじ開けたばかりのクラブです。「JFLに入る」ということがどれほど大変なことなのか、あらためて考えさせられる物語でした。
VONDS市原ってどんなクラブ?

VONDS市原の歴史は、1967年に発足した「古河電気工業千葉事業所サッカー部」までさかのぼります。1976〜77年には日本サッカーリーグ(JSL)2部にも在籍した、半世紀以上の歴史を持つ企業サッカー部が前身です。
- 2008年:クラブチーム化し、「S.A.I市原サッカークラブ」に改称
- 2011年:市原市サッカー協会が主体となり、市民球団「VONDS市原FC」として創設。S.A.I市原SCを承継
- クラブ名の由来:「絆(BOND)」の頭文字Bを「勝利(Victory)」のVに変えた造語で、複数形にすることで「たくさんの絆」を表している
- 運営母体:株式会社VONDS市原(トップチーム運営)、一般社団法人VONDS市原(アカデミー運営)
- 2020年:Jリーグ百年構想クラブとして承認
企業サッカー部から市民クラブへ。半世紀以上前から地域にあったサッカーの歴史を受け継ぎながら、2011年に新しい形として生まれ変わったのがVONDS市原です。1967年発足というのは、JFLクラブの中でもかなり古い部類に入ります。前身をたどると企業スポーツ全盛期からの歴史があり、地域リーグ・JFLという枠組みが今のように整う、さらに前の時代からサッカーを続けてきたクラブだということになります。
関東リーグで4度の優勝、それでも届かなかったJFLの壁
VONDS市原は、関東サッカーリーグでは実力者として知られる存在でした。2013年に関東リーグ2部、2014年から1部に定着すると、2017年・2019年・2023年・2024年と4度もリーグ優勝を果たしています。
- 2023年:4年ぶりのリーグ優勝を果たし、全国地域CLで準優勝。しかしJFL・地域入れ替え戦で沖縄SVに敗れる
- 2024年:再び地域CLで準優勝するも、入れ替え戦でミネベアミツミFCに敗退
- 2025年:全国社会人サッカー選手権3位から地域CL出場権を獲得。決勝ラウンドで3年連続の準優勝となったが、入れ替え戦に進出
沖縄SVもミネベアミツミFCも、どちらも現在JFLの上位で戦う実力クラブです。つまりVONDS市原は、その後JFLに定着していく強豪クラブ相手に、僅差で敗れ続けてきたということになります。実力が拮抗した戦いを繰り返す中で、経験値を積み重ねてきたシーズンだったとも言えるでしょう。
関東リーグを制する力は十分にありながら、全国の壁である入れ替え戦で3年連続敗退という苦い経験を重ねてきました。地域CLで準優勝すること自体、全国屈指の実力を示す結果です。それでも、あと一歩がとにかく遠かったのがVONDS市原の近年の歩みでした。
全国地域CLは、各地域リーグの代表クラブが集まる大会で、優勝すればJFLへ自動昇格、2位は入れ替え戦に回るという方式です。関東リーグを勝ち抜いても、そこからさらに全国の強豪を相手に勝ち上がらなければならない。地域リーグからJFLへの道のりは、JFLからJ3への道のりと同じくらい、いやそれ以上に狭き門だと言えるかもしれません。
2025年11月30日、「三度目の正直」でつかんだ初のJFL昇格

3年連続となった2025年のJFL・地域入れ替え戦。相手は、JFL15位のアトレチコ鈴鹿(三重県)でした。このクラブには、58歳のFW三浦知良選手(カズ)が所属していたことでも大きな注目を集めた一戦です。日本サッカー史上最年長のプロ選手として名高いカズが出場する試合とあって、全国的な注目度も普段の入れ替え戦とは違うものになりました。
- 結果:アトレチコ鈴鹿 0-1 VONDS市原(延長戦)
- 決勝点:延長前半8分、FW加藤勇司ベサーナがエリア内の浮き球をボレーで蹴り込みゴール
- 会場:三重交通Gスポーツの杜鈴鹿サッカー・ラグビー場
- 意義:VONDS市原にとって初のJFL昇格。カズは延長後半6分に途中出場したが、得点には至らなかった
入れ替え戦3年連続出場、三度目の正直でようやく悲願を達成しました。2年続けて涙をのんだ末の勝利だっただけに、クラブにとっても地域にとっても特別な一戦になったはずです。ちなみにこの結果により、アトレチコ鈴鹿は東海サッカーリーグ1部への降格が決まっています。JFLからJ3への昇格の仕組みも、根本的にはこれと同じ「上位リーグとの入れ替え戦」という構造です。
延長前半という早い時間帯での決勝点は、それまで積み重ねてきた2年分の悔しさを一気に吹き飛ばすようなゴールだったのではないでしょうか。0-0のまま延長戦にもつれ込む緊張感の中、一瞬の隙を突いてボレーを叩き込んだ加藤選手の一撃は、VONDS市原にとって歴史に残る一点になりました。

かつてジェフが去った街で。地域が本気で支えるクラブ

VONDS市原のホームスタジアムは、市原緑地運動公園臨海競技場(愛称:ゼットエーオリプリスタジアム、収容人数14,051人)です。このスタジアムは、かつてJリーグ・ジェフユナイテッド市原・千葉の前身「ジェフユナイテッド市原」がホームとして使用していた競技場でもあります。
市原市は、かつてジェフがホームタウンを事実上千葉市側へ移していった経緯があり、地元にJリーグクラブを失った苦い記憶を持つ街でもあります。だからこそ、VONDS市原には「今度こそ地域に根を張ってほしい」という期待が強く、2024年6月にはクラブがこの競技場の指定管理者に内定し、施設改修にも自ら関わることになりました。
一度Jリーグクラブを失った街が、あらためて地元発のクラブを本気で育てようとする。VONDS市原の歩みには、そうした市原市の思いも重なっているように感じます。単なる「昇格を目指すクラブ」以上に、地域の再挑戦という側面も持っている物語です。
さらに注目したいのが、新スタジアム構想です。運営会社の株式会社VONDS市原は、株式会社日本総合研究所と共同で「医療・介護施設併設型スタジアム」の整備事業を提案しており、市原市が2020年3月に発表した市原市総合計画にも盛り込まれています。スタジアムを核に医療・介護と地域を結びつけるという構想は、全国のJFLクラブの中でも独自性の強い取り組みです。
スポーツ施設と医療・介護施設を組み合わせるという発想は、高齢化が進む地方都市ならではの課題意識から生まれたものと言えそうです。試合のある日だけ賑わうスタジアムではなく、日常的に地域の暮らしと結びついた施設を目指す。ヴィアティン三重がスタジアムの指定管理者として運営に関わっていたのと同様に、VONDS市原もまた「クラブが地域のインフラを担う」という方向性を強く打ち出しているクラブです。
JFLを観てみたい人へ
半世紀を超える前身の歴史、3年越しで実現した悲願の昇格、そして地域と一体になったスタジアム構想。VONDS市原の歩みを知ると、2026年以降のJFLでの戦いぶりが一段と楽しみになります。地域リーグから勝ち上がってきたクラブがJFLでどこまで戦えるのか、初参戦のシーズンは特に注目したいところです。「JFLの試合ってどこで観られるの?」という方には、こちらの記事で無料配信・中継の視聴方法をまとめています。JFLそのものの仕組みを詳しく知りたい方はこちらもどうぞ。


VONDS市原の最新情報は、公式サイトで発信されています。

まとめ
- VONDS市原は、1967年発足の古河電気工業千葉事業所サッカー部を前身に持ち、2011年に市民球団として創設されたクラブ
- 関東サッカーリーグで2017・2019・2023・2024年と4度優勝するも、JFLへの入れ替え戦では3年連続で涙をのんできた
- 2025年11月30日、アトレチコ鈴鹿との入れ替え戦を延長の末1-0で制し、悲願の初JFL昇格を達成
- かつてジェフユナイテッド市原がホームとした競技場の指定管理者を務め、医療・介護施設併設型の新スタジアム構想も進めている
3年連続で涙をのんだ末につかんだ初昇格は、それだけクラブへの思い入れも強くなる物語です。半世紀以上前の企業サッカー部から始まり、地域と一体になって歩んできたVONDS市原が、JFLでどんな戦いを見せてくれるのか楽しみにしています。ヴェルスパ大分、ジェイリースFC、ヴィアティン三重、そしてVONDS市原。成り立ちも歩みもまったく違う4つのクラブを追いかけてみて、JFLという舞台の懐の深さをあらためて実感しました。

