こんにちは。風読珈琲店のカエデです。ヴェルスパ大分、ジェイリースFC、ヴィアティン三重、VONDS市原、沖縄SV、Honda FCと紹介してきたJFLクラブシリーズ、今回は千葉県の「ブリオベッカ浦安・市川」を取り上げます。

このクラブを知ったきっかけは、2025年シーズンにJFL3位という好成績を残していたことでした。しかも監督は、元日本代表DFで「狂気の左サイドバック」の異名を持つ都並敏史さん。調べてみると、好成績の裏に、JFLクラブならではの切実な悩みも抱えていることが分かりました。
この記事では、ブリオベッカ浦安・市川がどんなクラブなのか、一度昇格しては降格した過去から、都並監督のもとでつかんだ2025年シーズンの躍進、そしてクラブが抱えるスタジアムの課題までを、JFLを追いかけ始めたばかりの一ファンの目線でまとめます。
これまで紹介してきたクラブは、いずれも「初めてのJFL昇格」や「初めてのJ3挑戦」を目標に掲げていました。ブリオベッカ浦安・市川は少し違って、「一度は届いたのに、また手放してしまった舞台に戻ってきた」クラブです。その分、積み重ねてきた悔しさも大きいのではないかと感じます。
ブリオベッカ浦安・市川ってどんなクラブ?

ブリオベッカ浦安・市川のルーツは、1989年に設立された「浦安ジュニア・サッカークラブ」にさかのぼります。1991年にユースチーム、2000年に社会人(トップ)チームが誕生し、幼児からシニア(男女)まで幅広い世代がサッカーを楽しめる、地域総合型クラブとして育ってきました。
トップチームが誕生してから、都道府県リーグ・関東リーグとカテゴリーを一段ずつ駆け上がり、2012年に関東サッカーリーグへ昇格したタイミングで「浦安SC」に改称。その後、2015年に現在につながる「ブリオベッカ浦安」への改称を経て、地域に根ざしたクラブとしての体制を整えてきました。
- クラブ理念:「サッカーでともに成長し、まちを楽しくする」
- クラブ名の由来:ケルト神話に登場する槍「ブリューナク」と、浦安近海の海苔採取に使われた小舟「べか船」を組み合わせた造語
- 名称の変遷:浦安JSC→2012年に関東リーグ昇格とともに浦安SC→2015年にブリオベッカ浦安→2025年1月にブリオベッカ浦安・市川
- ホームタウン:2024年8月に市川市と包括協定を締結し、浦安市に加えて市川市も加わった
ジュニアの育成からトップチームまで一体となって育ってきた、地元密着型のクラブだということがよく分かる歩みです。「ブリューナク」と「べか船」という、神話とご当地の道具を組み合わせたクラブ名の発想も、地域に根ざしながら強さを追求するという姿勢をよく表しているように感じます。掲げる5つのバリューズにも「仲間を大切にしよう」「最後まであきらめずに挑戦しよう」といった言葉が並び、勝敗だけでなく人づくりを大切にしているクラブであることがうかがえます。
一度昇格しては降格。7年越しで戻ってきたJFL
- 2016年:JFLへ初昇格
- 2017年:わずか1年でJFLから関東サッカーリーグ1部へ降格
- 2017〜2022年:関東リーグで再昇格を目指す時期が続く
- 2023年:JFLへ再昇格を果たす
一度は駆け上がったJFLの舞台から降格し、そこから7年をかけて戻ってきたのがブリオベッカ浦安・市川です。多くのクラブが「初昇格」を目指す中で、このクラブは「返り咲き」を果たしたという点で、少し違う物語を持っています。
2016年の初昇格からわずか1年での降格は、クラブにとって大きな衝撃だったはずです。全国リーグのレベルの高さを一度体感したうえで、関東リーグに戻ってチームを立て直す。7年という歳月は、けっして短くありません。その間、育成年代からの選手輩出や、指導体制の見直しなど、地道な積み重ねがあったことは想像に難くありません。降格を経験したからこそ、2023年の再昇格、そして2025年の3位という結果には、それだけ重みがあるように感じます。
都並敏史監督という原点

2025年シーズンも指揮を執る都並敏史監督は、1961年8月14日生まれ、東京都世田谷区出身。読売クラブの下部組織で育ち、1980年にトップチームへ昇格すると、19歳で日本代表に初選出されました。
- 現役時代:読売クラブ〜ヴェルディ川崎の名ディフェンダー(左サイドバック)として活躍。通称「狂気の左サイドバック」
- 日本代表:国際Aマッチ78試合出場・2得点
- 引退:1998年、ベルマーレ平塚にて現役引退
- 指導者歴:ヴェルディ川崎ユース監督、2005年ベガルタ仙台監督、2006年セレッソ大阪監督、2008年横浜FC監督などを歴任
- 資格:JFA公認S級コーチ
J1・J2クラブの監督を渡り歩いてきた経験豊富な指導者が、いまJFLの舞台でチームを率いています。2025年シーズンも複数年契約(3年契約)で続投しており、腰を据えたチームづくりが進んでいることがうかがえます。
現役時代は読売クラブ・ヴェルディ川崎で日本トップレベルの左サイドバックとして鳴らし、指導者としてもJ1・J2の複数クラブで指揮を執ってきた都並監督。そのキャリアを考えると、JFLのクラブを率いるのは意外に映るかもしれません。しかし、育成年代から社会人まで幅広い世代を抱えるブリオベッカ浦安・市川のようなクラブにとって、豊富な指導経験を持つ指揮官の存在は、チームづくりの大きな土台になっているはずです。トップレベルでの経験を、育成年代を含めたクラブ全体に還元できるというのも、この起用の大きな意義と言えそうです。
2025年、自己最高となる3位という躍進
2023年に再昇格したばかりのブリオベッカ浦安・市川ですが、2025年シーズンは見事な躍進を見せました。
- 最終順位:3位(16クラブ中)
- 成績:14勝10分6敗、勝ち点52
- 得失点:35得点25失点(得失点差+10)
- 上位争い:1位Honda FC(勝点60)、2位レイラック滋賀(勝点56)に次ぐ3位
2026年1月には、市川市役所を訪れてこの3位入賞をクラブとして報告したというニュースも伝えられています。ホームタウンに加わったばかりの市川市に、さっそく嬉しい報告ができたシーズンだったと言えそうです。
再昇格からわずか2年目でのリーグ3位は、素直に評価できる結果です。優勝したHonda FCはJリーグを目指さない方針のため、J3への入れ替え戦に回ったのは2位のレイラック滋賀でした。ブリオベッカ浦安・市川自身は昇格争いの対象にはなりませんでしたが、それでも「2度目のJFL挑戦2年目で上位に食い込んだ」という事実は、都並監督のもとで着実にチーム力を積み上げてきたことをうかがわせます。
好成績の裏にある、スタジアムという積年の課題

ブリオベッカ浦安・市川のホームスタジアムは、浦安市運動公園陸上競技場(愛称:ブリオベッカ浦安競技場、2020年に命名権導入)です。しかし、J3クラブライセンスの取得には、天然芝・1,500ルクス以上のナイター照明・5,000人以上収容といった基準を満たすスタジアムが必要とされています。
ブリオベッカ浦安競技場はこの基準を満たしておらず、J3ライセンス取得の見込みが立たないどころか、JFLのホームゲームそのものをこの競技場で開催できないという、積年の課題を抱えています。実際、ホームゲームの多くは千葉県内の別会場で開催されており、地元・浦安の本拠地でリーグ戦を戦えないというのは、成績以上に大きな壁になっています。

3位という好成績を残しても、スタジアム整備という高いハードルをクリアしなければ、J3昇格を目指す土俵にすら立てない。これは、これまで紹介してきたヴィアティン三重の指定管理者としての取り組みや、VONDS市原の新スタジアム構想とも重なる、JFLクラブ共通の切実なテーマです。
都市部に近い浦安市・市川市は、土地の確保や大規模改修のハードルが決して低くありません。ピッチの上でどれだけ結果を出しても、それだけではJリーグの入り口に立てない。この構造的な課題は、選手やスタッフの努力だけでは解決できない、クラブ経営としての大きな宿題になっています。2024年の市川市との包括協定や、ホームタウン拡大の動きは、こうした課題を自治体との連携で乗り越えようとする一歩なのかもしれません。
JFLを観てみたい人へ
名将のもとで結果を出しながら、スタジアムという壁にも向き合うブリオベッカ浦安・市川。「JFLの試合ってどこで観られるの?」という方には、こちらの記事で無料配信・中継の視聴方法をまとめています。JFLそのものの仕組みを詳しく知りたい方はこちらもどうぞ。


ブリオベッカ浦安・市川の最新情報は、公式サイトで発信されています。
まとめ
- ブリオベッカ浦安・市川は、1989年設立の浦安ジュニア・サッカークラブを前身とする地域総合型クラブ
- 2016年に一度JFL昇格するも1年で降格。2023年に7年越しでJFLへ復帰した
- 元日本代表DF・都並敏史監督(J1・J2クラブの監督歴あり)が指揮を執る
- 2025年シーズンはJFL3位という好成績を残し、市川市に結果を報告した
- ホームスタジアムがJ3ライセンス基準を満たしておらず、JFLのホームゲーム開催自体が難しいという課題を抱えている
結果を出しても、スタジアムという環境面のハードルが立ちはだかる。ブリオベッカ浦安・市川の歩みは、JFLクラブにとって「強さ」と「体制づくり」の両方がいかに大切かを、あらためて教えてくれます。一度手放した舞台に戻り、そこで結果まで残しているクラブだからこそ、次の課題であるスタジアム整備がどう動いていくのか、今後も注目していきたいと思います。

