こんにちは。風読珈琲店のカエデです。
中公新書や岩波新書の新刊チェックに続いて、今月は文庫棚へ。ちくま学芸文庫は、専門書として評価の定まった名著や、絶版で手に入りにくくなっていた研究書を文庫サイズで読めるようにしてくれるレーベルです。価格は少し高めですが、一冊に詰まっている知の密度はかなりのもの。
今回は、2026年10月8日刊行のちくま学芸文庫6冊を、筑摩書房の公式情報をもとに紹介します。古代エジプトへの“旅行ガイド”から、ルーン文字、デュシャンと現代美術、ムナーリのデザイン論、江戸の弁当史、そしてフーコー講義集成の文庫化スタートまで。今月はとくに「美術・デザイン」好きにうれしいラインナップです。
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2026年10月のちくま学芸文庫 新刊ラインナップ一覧
まずは6冊の全体像から。刊行日はいずれも2026年10月8日(公式サイト表記。書店への入荷は地域によって数日ずれることがあります)、価格は定価(税込)です。
- 古代エジプト旅行ガイド:一日5デベンで行く(ドナルド・P・ライアン 著/安原和見 訳/272ページ/1,540円)
- ルーン文字の世界:歴史・意味・解釈(ラーシュ・マーグナル・エーノクセン 著/荒川明久 訳/432ページ/1,870円)
- マルセル・デュシャンとアメリカ:現代美術の誕生(平芳幸浩 著/404ページ/1,650円)
- 芸術としてのデザイン(ブルーノ・ムナーリ 著/石田聖子・太田岳人・土肥秀行 訳/320ページ/1,540円)
- 弁当の誕生(飯野亮一 著/352ページ/1,650円)
- ミシェル・フーコー講義集成1 〈知への意志〉講義:コレージュ・ド・フランス講義1970-1971年度(慎改康之・藤山真 訳/608ページ/2,090円)
ざっくり分けると、「古代の世界へ旅する」2冊、「美術とデザインを考える」2冊、「暮らしと思想の歴史」2冊。以下、このグループに沿って1冊ずつ見ていきます。
古代の世界へ“旅”する2冊

『古代エジプト旅行ガイド』ドナルド・P・ライアン|ラメセス2世の時代へ
今月いちばん「ジャケ買い」ならぬ「タイトル買い」したくなるのがこの一冊。紀元前13世紀、ラメセス2世時代のエジプトを旅する前提で書かれた旅行ガイドという、遊び心たっぷりの設定です。
公式の紹介によると、旅程は首都メンフィスからナイル川を遡ってテーベへ、さらに南のヌビア地方まで。カルナク神殿やルクソール神殿、古王たちのピラミッドといった名所はもちろん、渡航時期や費用、宿泊、食事・衣服・衛生といった「現地での注意点」、さらには住居・結婚・仕事・娯楽などの日常生活まで紹介されています。巻末にはエジプト語会話集とエジプトの神々の一覧まで付いているそう。
著者のライアンさんは王家の谷などで長年発掘に携わってきた考古学者で、『古代エジプト人の24時間』の著者でもあります。翻訳は『古代ローマ帝国軍 非公式マニュアル』などを手がけた安原和見さん。ガイドブックの体裁なので、世界史が苦手だった人でも「旅行の下調べ」感覚で読み進められそうです。
- こんな人に:古代史を物語ではなく“生活”から知りたい人、旅行ガイドを読むのが好きな人
- 読みどころ:神殿・ピラミッドから土産物・会話集まで、本物のガイドブックさながらの構成
『ルーン文字の世界』エーノクセン|北欧の教科書を文庫で
ルーン文字というと、ファンタジー小説やゲームの“魔法の文字”を思い浮かべる方も多いかもしれません。本書は、古代ゲルマン世界で使われ、北欧では中世まで用いられた線刻文字・ルーンについて、成立の経緯や歴史的変遷、特徴、文化的影響、著名な碑銘までを幅広く紹介する一冊です。
公式紹介では北欧の大学や専門学校で教科書として使われてきたとされ、多数の図版で古文字の全体像を示してくれるとのこと。ヴァイキング時代のルーンや中世のルーン、ルーン暦、ルーン杖といった章に加えて、「ナチ党に歪曲されたルーン文字」「ルーン文字と現代」という章もあり、文字が政治的に利用された歴史まで扱っているのが学術書らしいところです。
432ページと今月いちばんのボリュームですが、図版が多いので、気になる碑文の章から拾い読みするのもアリだと思います。
- こんな人に:北欧神話やヴァイキングが好きな人、文字の歴史に興味がある人
- 読みどころ:読み方から研究史、現代での受容までを一冊で通覧できる網羅性
美術とデザインを考える2冊

美術展めぐりが好きな私にとって、今月いちばんうれしかったのがこの2冊です。
『マルセル・デュシャンとアメリカ』平芳幸浩|「現代美術の父」はどう作られたか
男性用小便器にサインをして「泉」と名付けた――。現代美術の話になると必ず出てくるマルセル・デュシャン。でも本書が描くのは、デュシャンその人というより、戦後アメリカの芸術家や批評家たちが、デュシャンをどう解釈し、それによって自分たちの芸術をどう擁護してきたか、という物語です。
ネオ・ダダ、フルクサス、ポップ・アート、コンセプチュアル・アート。こうした潮流の成立を、デュシャン受容の変遷と結びつけて論じ、「キュビズムの画家」から「現代美術の父」へと矛盾をはらみながら更新されてきたデュシャン像を追っていきます。ジャスパー・ジョーンズやラウシェンバーグ、コスース、グリンバーグといった名前が章題に並んでいて、美術館で「これの何がすごいの?」と首をかしげたことがある人ほど面白く読めそうです。
第27回吉田秀和賞の受賞作。著者の平芳幸浩さんは大阪府出身で、国立国際美術館(大阪・中之島)の学芸課に勤めた経歴を持ち、現在は京都工芸繊維大学教授です。関西の美術館好きとしては、ちょっと親近感がわきます。
- こんな人に:現代美術を「見方」から理解したい人、美術展の解説をもう一歩深く読みたい人
- 読みどころ:作品ではなく“受け止められ方”から美術史を描く視点
美術史を「様式」から読む面白さは、以前紹介した高階秀爾さんの本にも通じるところがあります。

『芸術としてのデザイン』ブルーノ・ムナーリ|ユーモアで語るデザインの本質
ブルーノ・ムナーリ(1907〜98年)は、ミラノ生まれのアーティスト・デザイナー。未来派に参加したのち、デザイナー、絵本作家、美術教育家として幅広く活躍しました。日本では仕掛け絵本の作家として知っている方も多いかもしれません。
本書はそのムナーリの代表作で、デザインの本質、芸術との関係、デザイナーに必要な資質を、ユーモアを交えて論じたもの。今回はイタリア語原書に忠実な新訳・完全版とうたわれています。目次は「職業としての芸術」「デザイナーとスタイリスト」から、ヴィジュアル・グラフィック・インダストリアル・リサーチの各デザインへと続き、補遺には「わが少年時代の機械(1924年)」も。身近なモノから意外な発想まで題材が幅広いので、デザインを仕事にしていない人でも、日用品の見え方が変わりそうです。
- こんな人に:デザインやものづくりに関わる人、「アート」と「デザイン」の違いを考えてみたい人
- 読みどころ:軽やかな語り口の中に詰まった、ものを見る目の鍛え方
暮らしと思想の歴史をたどる2冊

『弁当の誕生』飯野亮一|幕の内弁当は吉原生まれ?
『居酒屋の誕生』『晩酌の誕生』など、ちくま学芸文庫で江戸の食文化史を書き続けてきた飯野亮一さんの新刊は、ずばり「弁当」。公式サイトのキャッチコピーは「幕の内弁当は吉原生まれ? 江戸時代におにぎらずがあった?」という、思わず手に取りたくなる問いかけです。
本書が追うのは、弁当と酒の結びつき。花見の際に幕を張って飲食した習慣から「幕の内」という名が生まれ、吉原で妓楼の客に出されるようになり、やがて市中でも酒の肴として定着した――という流れを史料からたどりながら、弁当にまつわる定説の誤りを正していくそうです。芝居見物と弁当、弁当屋や駅弁の誕生、武士・職人・子ども・サラリーマンの手弁当、おにぎりの歴史と、章立てを見ているだけでもお腹がすいてきます。
結婚してから二人分のお弁当を作る日も増えたので、毎朝のおにぎりのルーツが江戸にあると思うと、ちょっと楽しい気分になりそうです。
- こんな人に:食文化史・江戸の暮らしが好きな人、雑学を仕入れたい人
- 読みどころ:当たり前の「お弁当」に積み重なった歴史と、定説への鋭いツッコミ
『ミシェル・フーコー講義集成1』|生誕100年、文庫版がスタート
今月の目玉と言えそうなのがこちら。フーコー生誕100年にあわせて、コレージュ・ド・フランス講義集成の文庫化が始まります。第1巻は、フーコーが1970年に同校教授に就任して開いた講座「思考諸体系の歴史」の初年度講義『知への意志』です。
公式紹介によると、アリストテレス『形而上学』冒頭の「認識への欲望」を手がかりに、古代ギリシアにおける知と真理への希求が利害関心とどう結びついていたかを分析し、それと対立するニーチェの真理概念も検討する内容。「ここに知と権力をめぐる系譜学が始まる」と位置づけられています。補完講義「オイディプスの知」も収録。
正直、私にとっては難解な部類の本です。ただ、公式サイトには第2巻『刑罰の理論と制度』から第13巻『真理の勇気』まで(第11巻は上下巻)の刊行予定も載っていて、後年の『監獄の誕生』や「生政治」につながる思考がどう生まれたのかを、何年もかけて追いかけられる貴重な機会になりそうです(予定は変更の可能性あり)。初回出荷分には特製しおりが付くそうなので、気になる方は早めに。
- こんな人に:哲学・思想を学ぶ大学生、フーコーの著作を読んだことがある人
- 読みどころ:「知と権力」をめぐる思考の出発点を、講義の臨場感とともに読める
カエデ的・今月のちくま学芸文庫の選び方
6冊とも個性的ですが、目的別に選ぶならこんなイメージです。
- 気軽に楽しく読みたい:『古代エジプト旅行ガイド』
- 美術展をもっと楽しみたい:『マルセル・デュシャンとアメリカ』
- デザインの考え方を知りたい:『芸術としてのデザイン』
- 食の雑学を仕入れたい:『弁当の誕生』
- 北欧の歴史・神話が好き:『ルーン文字の世界』
- 本格的に思想に挑みたい:『ミシェル・フーコー講義集成1』
学芸文庫は1冊1,500〜2,000円ほどと文庫にしては高めですが、単行本や専門書をこの価格で持ち歩けると思えば十分お得。同じ10月の新書の新刊もまとめているので、あわせてどうぞ。


刊行の詳細は筑摩書房の公式ページでも確認できます。

ひとつ前の9月に刊行されたちくま学芸文庫6冊も紹介しています。

まとめ
- 2026年10月のちくま学芸文庫は10月8日刊行の6冊
- 古代の世界へ旅する:『古代エジプト旅行ガイド』『ルーン文字の世界』
- 美術とデザイン:『マルセル・デュシャンとアメリカ』『芸術としてのデザイン』
- 暮らしと思想の歴史:『弁当の誕生』『ミシェル・フーコー講義集成1』
古代エジプトの観光から江戸のお弁当、そしてフーコーの講義室まで、時代も分野も軽やかに飛び越える6冊です。本屋さんの文庫棚で、気になる一冊を手に取ってみてください。それでは、また風読珈琲店でお会いしましょう。
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