こんにちは。風読珈琲店のカエデです。JFLクラブシリーズ、今回は大阪府枚方市の「FCティアモ枚方」を取り上げます。

このクラブを知って驚いたのは、創設者が稲本潤一さん・新井場徹さん・播戸竜二さんという、ガンバ大阪の「黄金世代」と呼ばれた元日本代表選手たちだったことです。2025年シーズンもJFL4位という好成績を残し、J3昇格に着実に近づいているクラブでもあります。
この記事では、FCティアモ枚方がどんなクラブなのか、元日本代表3選手による設立の経緯から、ユニークなクラブ名の変遷、2020年のJFL昇格、そして2年連続で上位に食い込んだ2024・2025年シーズンまでを、JFLを追いかけ始めたばかりの一ファンの目線でまとめます。
FCティアモ枚方ってどんなクラブ?

FCティアモ枚方は、大阪府の枚方市・寝屋川市・交野市からなる「北河内」地域をホームタウンとするクラブです。2004年、ガンバ大阪でともにプレーした稲本潤一さん・新井場徹さん・播戸竜二さんの3選手が共同オーナーとなって設立されました。3人とも1979年生まれで、日本代表としても活躍した「黄金世代」の一員です。
- 創設:2004年、稲本潤一・新井場徹・播戸竜二の3氏が共同オーナーとして設立
- 旧クラブ名「イバンイーナ」:新井場(イバ)・播戸(バン)・稲本(イナ)と、3人の名前の一部をつなぎ合わせた愛称
- クラブ名の由来:2015年に「TIAMO(ティアモ)」へ改称。イタリア語で「愛してる」を意味する言葉
- ホームタウン:大阪府枚方市・寝屋川市・交野市(北河内地域)
元日本代表選手たちが自ら出資してクラブを立ち上げたという成り立ちは、これまで紹介してきたJFLクラブの中でも異色です。「イバンイーナ」という選手3人の名前をつなげた愛称から、「愛してる」を意味する「TIAMO」への改称。「枚方からJリーグへ」というコンセプトのもと、地域とクラブの結びつきを強める意図が込められた改称だったようです。
創設者の一人・稲本潤一さんは、2002年日韓ワールドカップの日本代表として活躍し、イングランド・プレミアリーグのフルアムやウェストブロムウィッチ・アルビオンでもプレーした、日本サッカー界を代表する選手です。新井場徹さんはガンバ大阪や鹿島アントラーズなどでサイドバックとして、播戸竜二さんはガンバ大阪やヴィッセル神戸などでストライカーとして、それぞれ長くJリーグの第一線で活躍してきました。3人ともに現役引退後もサッカー界と関わり続けており、その経験と人脈がクラブ運営にも生かされているのではないかと想像します。
2020年、悲願のJFL昇格

2004年の創設から地域リーグでの活動を重ね、2020年にJFLへの昇格を果たしたFCティアモ枚方。元日本代表選手たちが描いた「枚方からJリーグへ」という構想が、少しずつ現実に近づいていったシーズンでした。
これまで紹介してきたクラブの多くが、JFL昇格までに10年単位の年月をかけてきたことを考えると、2004年の創設から2020年のJFL昇格までの16年という期間は、決して短くはないものの、地域リーグでの着実な積み上げがあったことをうかがわせます。稲本潤一さんら創設メンバーの知名度も、クラブの認知度向上や選手獲得の面で大きな後押しになってきたのではないかと想像します。
大阪府には、Jリーグ・J1のガンバ大阪、セレッソ大阪という2つの強豪クラブがすでに存在しています。3人の創設者自身がガンバ大阪でプレーした経験を持つだけに、同じ大阪という土地で新たなJリーグクラブを作り上げるという挑戦には、並々ならぬ思い入れがあったはずです。北河内地域という、既存の大阪の2クラブとは異なるエリアにホームタウンを構えたことも、地域に根ざしたクラブづくりを進めるうえでの重要な選択だったのでしょう。同じ大阪府内に強豪クラブがひしめく中で、独自のホームタウンを確立できたことは、その後の地道な成長を支える土台になったはずです。
2年連続の上位進出。2024年3位、2025年4位

JFL昇格後のFCティアモ枚方は、着実に力をつけてきました。特に直近2シーズンは、リーグ上位の常連と言える結果を残しています。
- 2024年シーズン(第26回JFL):3位。クラブのJFL在籍時における最高順位を記録
- 2025年シーズン(第27回JFL):4位。1位Honda FC、2位レイラック滋賀、3位ブリオベッカ浦安・市川に次ぐ順位
2024年の3位、2025年の4位と、2年続けてリーグ上位に食い込みながらも、J3昇格の権利を得られる2位以内には一歩届いていません。JFLでは、優勝したクラブが権利を行使しない場合、2位のクラブがJ3側の最下位クラブと入れ替え戦を戦うという仕組みになっており、3位・4位という順位では、どれだけ好成績でも昇格争いの当事者にはなれないのが実情です。
上位に入りながらも昇格の当事者になれないというのは、もどかしい状況にも見えます。しかし裏を返せば、Honda FCという「優勝してもJリーグを目指さない」異色の強豪が存在するリーグだからこそ、2位のクラブに昇格のチャンスが巡ってくるとも言えます。FCティアモ枚方にとっては、まず2位以内に入るという、次の目標がはっきりと見えているシーズンが続いていると言えそうです。

2025年シーズンは、優勝したHonda FCが例年通りJ3昇格の権利を行使せず、2位のレイラック滋賀がJ3・JFL入れ替え戦に回りました。FCティアモ枚方は4位として堅実な成績を残しながらも、直接昇格争いに絡むことはできなかったシーズンだったと言えます。
2年連続で上位争いに顔を出しているということは、シーズンによる浮き沈みが少ない、安定したチーム力を持っているということでもあります。ヴェルスパ大分やヴィアティン三重のように、地域密着のクラブが徐々に力をつけていく過程を紹介してきたこのシリーズの中でも、FCティアモ枚方はすでに「昇格争いの常連」と呼べる位置につけているクラブだと言えそうです。北河内地域という一つのエリアを背負って戦い続けてきた歩みが、着実に結果として表れてきているのでしょう。
万博記念競技場も使用するホームゲーム
FCティアモ枚方のホームスタジアムは、枚方市立陸上競技場(愛称:たまゆら陸上競技場)です。メインスタンド2,000人・芝生スタンド500人という規模で、地域密着型のクラブらしい、こぢんまりとしたスタジアムでの試合開催が基本となっています。
一方で、一部のホームゲームは吹田市の万博記念競技場でも開催されています。より収容人数の大きい会場を使うことで、J3ライセンスが求めるスタジアム基準への対応や、集客力の向上を図っているものと考えられます。ブリオベッカ浦安・市川やいわてグルージャ盛岡の回でも紹介してきたように、スタジアム整備はJFLクラブにとって共通の大きな課題であり、FCティアモ枚方もまた、この課題と向き合いながらJ3昇格を目指しているクラブの一つです。
万博記念競技場は、1970年の大阪万博の際に整備された歴史あるスタジアムで、ガンバ大阪がかつてホームスタジアムとして使用していたことでも知られています。創設者3人がガンバ大阪でプレーしていた時代に思いを馳せると、ゆかりのあるスタジアムで大きな一戦を戦うというのも、感慨深いものがあるのではないでしょうか。
JFLを観てみたい人へ
元日本代表選手たちが立ち上げ、2年連続で上位進出を果たしているFCティアモ枚方。「JFLの試合ってどこで観られるの?」という方には、こちらの記事で無料配信・中継の視聴方法をまとめています。JFLそのものの仕組みを詳しく知りたい方はこちらもどうぞ。


FCティアモ枚方の最新情報は、公式サイトで発信されています。

まとめ
- FCティアモ枚方は、2004年にガンバ大阪OBの稲本潤一・新井場徹・播戸竜二の3氏が共同オーナーとなり設立された
- 旧愛称「イバンイーナ」は3氏の名前をつなぎ合わせたもの。2015年に「愛してる」を意味する「TIAMO」へ改称
- 2020年にJFLへ昇格し、2024年シーズンは3位、2025年シーズンは4位とJFL在籍時の最高成績圏で戦っている
- ホームスタジアムは枚方市立陸上競技場のほか、万博記念競技場も使用
- 3位・4位という好成績でも、J3昇格の権利を得られる2位以内には届いていない
元日本代表選手が自ら創設し、地域とともに育ててきたFCティアモ枚方。2年連続の上位進出という結果は、着実にクラブが力をつけている証と言えそうです。「あと一歩」のところでJ3昇格の権利には届いていませんが、次のシーズンこそ、その一歩を踏み出せるのか、北河内地域から目が離せません。
これまで紹介してきたクラブの中には、Honda FCのように企業クラブとして安定した基盤を持つクラブもあれば、いわてグルージャ盛岡やY.S.C.C.横浜のようにJリーグ経験を持ちながら苦しい再建を強いられているクラブもありました。FCティアモ枚方は、元プロ選手たちの情熱から立ち上がり、着実に階段を上ってきたクラブとして、また違った角度からJFLの奥深さを教えてくれる存在です。
同じJFLには、プロ選手を一人も置かず国立競技場に1万6千人超えを集める「クリアソン新宿」のような、まったく違うタイプのクラブもあります。都心ならではのユニークな運営モデルについては、こちらの記事で紹介しています。

創設から20年以上が経ついま、当時20代半ばだった創設者3人も、40代後半を迎えています。息の長い取り組みとしてクラブを支え続けてきたことにも、あらためて敬意を感じます。

