こんにちは。風読珈琲店のカエデです。ヴェルスパ大分、ジェイリースFC、ヴィアティン三重、VONDS市原、沖縄SV、Honda FC、ブリオベッカ浦安・市川、ミネベアミツミFCと紹介してきたJFLクラブシリーズ、今回は「いわてグルージャ盛岡」を取り上げます。

これまで紹介してきたクラブは、いずれも地域リーグやJFLから上を目指す「昇格組」でした。ところがいわてグルージャ盛岡は、まったく逆の道を歩んできたクラブです。かつてJ2でプレーした経験を持ちながら、J3を経てJFLまで降格してきた、JFL史上初めてのケース。調べてみると、その物語は「昇格」ではなく「再起」がテーマになっていました。
この記事では、いわてグルージャ盛岡がどんなクラブなのか、ユニークなクラブ名の由来から、地域リーグを飛び級してJ3入りした異例の歩み、そしてJ3から史上初めてJFLへ降格することになった経緯までを、JFLを追いかけ始めたばかりの一ファンの目線でまとめます。
いわてグルージャ盛岡ってどんなクラブ?

いわてグルージャ盛岡は、岩手県盛岡市を本拠地とするクラブです。前身は2000年に盛岡商業高校・盛岡中央高校のOBらが結成した「ヴィラノーバ盛岡」で、2003年にJリーグを目指すクラブとして改組・発足しました。
- クラブ名の由来:「グルージャ(Grulla)」はスペイン語で「鶴」の意味。盛岡藩主・南部氏の家紋「向鶴」と、盛岡名物「じゃじゃ麺」や地元方言に多い「じゃ」の響きにちなんで名付けられた
- 名称の変遷:ヴィラノーバ盛岡(2000年)→グルージャ盛岡(2003年)→いわてグルージャ盛岡(2019年)
- ホームタウン:2018年12月に岩手県内全域をホームタウン化したことを受け、2019年シーズンから現在のクラブ名に
- 本拠地:岩手県盛岡市
南部氏の家紋と盛岡名物を組み合わせたクラブ名の発想は、これまで紹介してきたどのクラブとも違うユニークさがあります。もともとは高校OBによる同好会的なチームだったところから、Jリーグを目指す本格的なクラブへと生まれ変わり、名前も「盛岡」から「岩手」へと視野を広げていった歩みが、クラブ名の変遷からもよく分かります。
JFLを経ずに飛び級。異例のJ3入り
- 2005年:東北社会人サッカーリーグ2部北から1部へ昇格
- 2013年8月:Jリーグ準加盟クラブとして承認
- 2013年:東北リーグ1部で3年ぶりのリーグ優勝
- 2014年:JFLを経ずに、地域リーグから直接J3リーグへ参加
いわてグルージャ盛岡は、JFLというカテゴリーを一度も経験しないまま、地域リーグから直接J3へ「飛び級」で参入したクラブです。これは、これまで紹介してきたJFLの各クラブがJ3昇格を目指して足踏みしている状況と比べると、かなり異例のルートだったと言えます。
これまでの記事で紹介してきたクラブの多くは、JFLで結果を残してもJ3のクラブライセンス基準を満たせずに昇格を逃す、という壁にぶつかってきました。いわてグルージャ盛岡が2014年にJFLを飛び越えてJ3入りできた背景には、2013年時点ですでにJリーグ準加盟クラブとして承認されるだけの体制(スタジアム基準やクラブ経営面)が整っていたことがうかがえます。地域リーグ時代から着実に準備を進めてきたからこそ実現した、当時としては珍しいケースだったのでしょう。
もっとも、ホームスタジアムの「いわぎんスタジアム」(盛岡南公園球技場、1998年開場)は、収容人数の面でJリーグの基準を満たせていません。約4,900人収容のうち椅子席は1,500弱で、残りは芝生席。J2基準の「1万人以上・椅子席8,000人以上」には遠く及ばず、照明設備も2021年になってようやくJリーグ開催要件を満たす工事が完了したという経緯があります。
2020年にJ2ライセンスを取得した際は「昇格後5年以内にスタジアムを整備する」という特例規定の適用を受けており、整備計画の提出期限は2025年6月まで延長されていました。ブリオベッカ浦安・市川の回で紹介したスタジアム問題と同じく、いわてグルージャ盛岡もまた、ピッチの外に大きな宿題を抱えたままJFLでの再起を目指しているクラブなのです。
J2昇格、そしてわずか1年でのJ3降格

2014年から2021年まで8シーズンにわたってJ3でプレーしたいわてグルージャ盛岡は、2022年にJ2昇格を果たします。岩手県から初めてJ2クラブが誕生した、大きな出来事でした。
- 2022年:J2に初昇格
- 2022年シーズン:シーズン中盤から最下位に低迷し、わずか1年でJ3へ逆戻り
- 2023〜2024年:J3で再建を目指すも、2024年シーズンに最下位が確定
- 2024年11月:JFLへの降格が決定。Jリーグによると、J3からJFLへの降格はいわてグルージャ盛岡が史上初めてのケースだった
念願のJ2昇格からわずか1年でJ3へ降格し、さらにその2年後にはJFLへ。JFLとJ3の間を「昇格を目指す」クラブとして紹介してきたこれまでの記事とは、まったく逆方向の歩みです。J2の舞台を一度は経験しているだけに、クラブにとっても、サポーターにとっても、簡単には受け止めきれない現実だったはずです。
J2初挑戦のシーズンで最下位に沈んだ理由としては、J3から一気にレベルが上がる中で、限られた予算の中でのチーム編成が追いつかなかったことが大きいとされています。J2は資金力のあるクラブがひしめくカテゴリーで、J3時代と同じ規模の予算・選手層のままでは通用しなかった、ということなのでしょう。その後もJ3で立て直しを図りましたが、2024年シーズンには再び最下位に転落し、JFL降格という結果を招きました。

2025年、初めてのJFLは9位でシーズンを終える

いわてグルージャ盛岡にとって、2025年は創設以来初めてのJFL挑戦のシーズンでした。「1年でのJリーグ復帰」を目標に掲げ、J1・J2での経験豊富な選手を前線に並べてシーズンに臨みました。
- 2025年シーズン最終成績:16クラブ中9位
- 通算成績:11勝6分13敗、勝ち点39
- 最終節:11月23日、Y.S.C.C.横浜に3-2で勝利しシーズンを白星で終える
攻撃面では得点力の向上が見られた一方、3バックで臨んだ守備は思うようにかみ合わず、上位進出とはならなかったと報じられています。J3昇格を争う上位争いには及ばなかったものの、JFL残留を争う下位(15位・16位)からも距離を置いた9位という順位は、初めてのカテゴリーでまずまず堅実な滑り出しだったとも言えそうです。
2025年シーズンの優勝はHonda FC、J3昇格の対象となったのは2位のレイラック滋賀でした。いわてグルージャ盛岡自身は昇格争いの当事者にはなりませんでしたが、9位という中位フィニッシュは、8年間のJ3経験と1年間のJ2経験を持つクラブとして、初参戦のJFLでもある程度の地力を示せたシーズンだったと言えそうです。
これまで紹介してきたクラブの多くが「JFLでの上位進出」や「J3ライセンス取得」を目標に掲げていたのに対し、いわてグルージャ盛岡の目標はあくまで「J3、そしてJリーグへの復帰」です。同じJFLというリーグにいても、クラブによって背負っている物語がこれほど違うというのは、シリーズを通して紹介してみて初めて実感したことでした。
J1・J2を経験した選手を前線にそろえたという編成方針からも、「JFLで一から選手を育てる」というより「即戦力でカテゴリーを駆け上がる」という狙いが伝わってきます。守備の再構築が次のシーズンへの課題として残った形ですが、攻撃面での手応えはあったとされており、経験豊富な選手層をどう組織として機能させるかが、巻き返しの鍵になりそうです。
JFLを観てみたい人へ
J2経験クラブとしてJFLに初挑戦し、「1年でのJリーグ復帰」を目指すいわてグルージャ盛岡。「JFLの試合ってどこで観られるの?」という方には、こちらの記事で無料配信・中継の視聴方法をまとめています。JFLそのものの仕組みを詳しく知りたい方はこちらもどうぞ。


いわてグルージャ盛岡の最新情報は、公式サイトで発信されています。

まとめ
- いわてグルージャ盛岡は、2000年結成の「ヴィラノーバ盛岡」を前身とする岩手県盛岡市のクラブ
- クラブ名は南部氏の家紋「向鶴」と盛岡名物「じゃじゃ麺」にちなむ
- 2014年、JFLを経ずに地域リーグから直接J3へ参入した異例の経歴を持つ
- 2022年にJ2昇格するもわずか1年でJ3降格。2024年には史上初のJ3からJFLへの降格を経験した
- 2025年、初めてのJFLシーズンは9位(11勝6分13敗)でフィニッシュ
「昇格を目指すクラブ」ばかりを追いかけてきたこのシリーズの中で、いわてグルージャ盛岡だけは「かつて上にいた場所に戻る」という、逆方向の物語を歩んでいるクラブでした。J2を経験した選手層の厚みと、地域に根ざしたクラブ名に込められた歴史。この2つを武器に、次のシーズンでどこまで巻き返せるのか、引き続き注目していきたいと思います。
実は、いわてグルージャ盛岡の翌年である2024年シーズン限りで、もう1クラブJ3からJFLへ降格しています。J3創設メンバーだったY.S.C.C.横浜です。自動降格だったいわてグルージャ盛岡とは異なり、入れ替え戦での敗戦によって降格が決まったクラブで、こちらの記事で詳しく紹介しています。

Jリーグ入りしてから10年以上が経ついわてグルージャ盛岡にとって、JFLというカテゴリーそのものが「未知の場所」だったという点も見逃せません。J3・J2という全国リーグの経験は豊富でも、JFLならではの独特な運営規模やクラブごとの個性の違いに、シーズン序盤は戸惑う場面もあったのではないかと想像します。それでも9位という順位でシーズンをまとめ上げた点は、初挑戦のカテゴリーで一定の適応力を見せた結果と言えそうです。

